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菊芋レボリューション

熊本 TAO塾 波多野毅さん

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古代のままの姿の食べもの、ネイティブフーズ。

現在流通している野菜のほとんどは、もともと自生していた植物を、栽培しやすく人間が食べやすいようにと、品種の改良を重ねてきたため、野生の植物とは違った姿をしています。しかし、食べ物が豊富になる中、このように一度は衰退していった古代からの野生の食べ物が、「身体を整える食」として今見直されています。


菊芋は、北米先住民族が常食してきた、菊のような花と、芋のような塊茎(かいけい:根が肥大化したもの)をつける植物。日本には江戸時代末期にはいってきましたが、漬け物にするなど以外は、あまり注目されず、産業化もされずにきました。

しかし近年、この根っこ部分に、天然のインシュリンといわれる成分、イヌリンが、植物界のなかではダントツに多く含まれていることが判明。糖尿病に効く薬として注目を浴びています。

小国町と菊芋のはじまり

町ぐるみでの菊芋レボリューションを起こしている、波多野毅さんは、1962年に阿蘇の小国町に生まれました。若い頃は「小さな国」という名前自体が嫌で、高度成長期の真っ只中、「大きいことはいいことだ」という価値感で、東京や米国をみてまわっていました。31歳でヨーロッパを無銭旅行してみると、日本や阿蘇の良さに気づくことができました。帰国後、寺子屋の「TAO塾」を開設。農場をキャンパスに、自分の中にこそ力はあるんだと信じて、「おしえない教育」、「なおさない医療」など、農的な暮らしに基盤を持つ中での、医療、社会変革を模索していたそうです。

「農」は、土地の人との関係性を作って、はじめるのに時間がかかりました。

9年かけて農地を探し、購入。取り入れたのは、「自然農法」の創始者と呼ばれる福岡正信による、不耕起(耕さない)、無肥料、無農薬、無除草を特徴とする農法でした。福岡農法とは、世界的にも広く知られており、特にアジアやアフリカでは、国家予算を付けて福岡農法を学ぶ事例もあります。粘土団子で不毛と言われるような土地を緑化できることでも有名です。


40歳ではじめて自家農場をもち、米と野菜を自給、「パーマカルチャー」による畑の運営を学びました。菊芋の栽培をはじめたのは、7年前のことです。町おこしの一貫として目をつけ、2農家ではじめました。生命力が強く育てやすいため耕作放棄地対策にもなり、天然のインシュリンが糖尿病にいいと注目されており、小国に細々と作っている人もいました。しかし、売れていない理由を探ると、菊芋にはマイナス面が多くありました。

「サツマイモやジャガイモみたいにほくほくしていない」

まずは味、際立って甘くて美味しいわけでないこと、また11月から3月いっぱいまでと、旬が限られていること。そして、育てるのは簡単だけど(自然農の入り口としても良い)収穫が大変で、でこぼこしており、寒い時期に洗うのも大変であり、そのための人手が必要であること。また、日本に流通している菊芋の90%は、糖尿病対策として専門の企業が商品化しており、通常の流通に乗せると価格はとっても安くなってしまいます。

『よく聞くイモではないけれど、効くイモ!!』


マクロビオティックを学んでいた波多野さんは、食材の生命力に注目、美味しさは工夫すればなんとかなると、研究を重ねました。芋というよりは、牛蒡、蓮根系な根菜なので、料理自体で美味しくなるはず、とレシピや料理教室とセットで広めることに。中島デコさん、タカコナカムラさんなど、活躍する料理研究家が友人にいたので、菊芋を食材に料理を作ってもらいました。菊芋専門のレシピ本も制作。自費出版で1000部出した内容は、農文教の特集、『キクイモ』や電子書籍としてもリニューアルされています。

「健康だけでなく、環境にいい」をめざす。

出荷時期が限られているという難点には、乾燥させ、干すことで対抗することにしました。


その方法にもこだわりました。日本で流通する干し椎茸なども、その行程では化石燃料を使っています。しかし、「健康だけでなくて環境にいい」を目指し、阿蘇の地熱を使って乾燥させることに成功しました。小国の蒸気は砒素成分がないため、この方法が採用できたそうです。チップスにすることで、年中供給できるようになり、菊芋三年番茶として、煮出して飲むことも可能になりました。



収穫や洗浄が大変な問題に関しては、WWOOF(ウーフ)という仕組みを利用。WWOOFとは、世界的に広がる取り組みで、各地の有機農家で、労働を提供する代わりに無償で滞在できるワーキングホリデーのような仕組みです。この仕組みを利用して、国内外から若い人たちが訪れます。農業労働で稼いだ地域通貨や、労働証明書で、イベントに参加できるなどの仕組みもつくり、農村に若い労働力が少ない状況のなかで工夫しています。

「足元での小さな農業」という価値

また、同じ作物を生産する大きな企業に対抗するのではなく、「国産で無農薬」であることや、「地元でとれた安心」を価値にすることを決めました。町おこしにつながるため、地元の地方紙には何度もとりあげてもらえました。終着点は、お金儲けでなく、地域に価値を還元すること。「町内に広がることによって、人々の健康が促進され、まちの医療費が削減できるとい」と波多野さんは語ります。



5人で菊芋倶楽部を結成するなどして、少しずつ広めてきた菊芋。気候条件があっていたことなどもあり、今では生産を開始して7年目になり、町内の100以上の農家が作るまでに発展しています。

全国の若者たちにも広がる

2009年、大阪で若者たちが運営するカフェ、カフェスロー大阪のスタッフとお客様で、野菜を自分たちで作ってみる「チャレンジ畑部」が発足。そのスタートと同時期に、波多野毅さんが大阪におとずれたことで、ここでも菊芋レボリューションが広がりました。カフェを運営する赤澤さんと見島さんは、病害虫にも強い菊芋は、最初のチャレンジにふさわしい農産物だと思い、すぐに阿蘇から種芋を送ってもらったそうです。

まずは、大阪・豊能町での菊芋栽培を開始。2011年からNPO法人森の都研究所との共働で、兵庫・丹波でも栽培をはじめました。種芋は、大阪・豊能町で収穫した、無農薬無肥料育ちのものを採用。大阪・豊能町で収穫した菊芋たちは、お店のフードメニューに取り入れたました。菊芋の食べ方として一番人気のあるのは、ピクルスです。食事付きイベントである「くらやみカフェ」や「スローな夕食会」でもお客様に提供し、好評を得ています。

兵庫・丹波で収穫した菊芋たちは、畑の参加メンバーで分配する他、ひきこもりの若者たちを支援するNPO法人フェルマータに依頼して、乾燥チップスへと加工。乾燥菊芋チップスは、店頭やイベントでの販売を行い、収益の一部はNPO法人森の都研究所の「丹波の里山再生森の夢プロジェクト」の活動に利用されています。

菊芋との出会いから、この数年で人とのつながりも広がっていると、共同経営者の見島さん、赤澤さんは嬉しそうに話します。

マクロビオティック

◎マクロビオティック
マクロビオティックとは、「生命(いのち)を大きな視点で捉え、自然のリズムの中で自分を生かす生活法」。正食は、日本に古くから伝わる食養生、今「食育」として注目されている石塚左玄の考えを引き継ぎ、さらに東洋の深い知恵「易」の原理を加え、桜沢如一氏が「無双原理」として確立し、世界に広まりました。
1.穀物菜食と自然食 2.一物全体 3.身土不二 4.陰陽調和 5.よく噛んで少食に(腹八分目)などの観点を持つ。


◎ Yin and Yang
マクロビオティックの世界では、食べものを、陰性と陽性という世界の分け方をしますが、「マイナスなことは、ひっくり返せば、強烈なプラスになる」という理論があります。もうすぐでる新商品は、キクマグマ。地熱で乾燥させ、携帯できます。見た目は干しぶどうで、とても美味しい。陰性のエネルギーに時間と熱と圧力をかけて陽性の菊芋となります。

 

◎福岡 正信(ふくおか まさのぶ、1913年2月2日 - 2008年8月16日)は自然農法の創始者。アジアやアフリカなど国家予算で福岡農法を学ぶ国もあります。著書に『わら一本の革命』など。


カフェスロー大阪へ

カフェスロー大阪では、カフェのお客さんを中心とした「チャレンジ畑部」を募集、ここでも菊芋を育て自分たちで商品化しています。


http://www.cafeslow-osaka.com/募集-参加方法/
波多野さんから WWOOFFにきてください!
TAO

Willing workers on organic farmの略。お金のやりとりなしで、「食事・宿泊場所」と「力」そして「知識・経験」を交換する仕組み。
例えば無農薬の畑で半日働く代わりに、無料で昼食と寝泊まりが提供される、など。人手が必要な有機農場や、環境を大事にする人たち、自然が豊かに残っている場所、または人と人との交流を大切にしているところと、農業や生き方について学んだり、仕事や家事の手伝いをしてみたい人たちとをつなぐ仕組み。研修生、WWOOFFを募集しています。

http://www.taocomm.net/index.html


http://www.wwoofjapan.com